羞恥心
羞恥心。とは言っても、紅白にも出た3人グループの事ではありません。
恥じらう心のことです。
羞恥心の意味を辞書で調べると、『恥ずかしく感じる気持ち。(Yahoo!辞書)』となっています。
そもそもこの羞恥心は、私にとってはとても馴染みのあるものでもあったりします。自分はいわゆる、根っからのハジカサー(沖縄方言で恥ずかしがり屋のこと)なんです…。
…。
…。
ん?…。
とは言ってみたものの、今書いていて気付いたのですが、小学生の頃まではそうではなかったような気がします。と言うことは、中学生以降にこのハジカサーが自分の中に目覚めてしまったということになりますね。
大発見!!!(笑)
昔から日本には、『恥の文化』と言うものが有ります。これは、周りの目を大切にし、周りとの調和や協調性に心を配り恥をかかないようにかけないようにしようとするものです。周りとの和を乱す事(目立ち過ぎる事)を恥と考えて、調和する事を美徳としています。
しかし、この様な思考(ある種の思い込み)が強すぎると自分らしさ(本来の自分)を発揮することが困難になってしまいます。
みんなと違う自分は劣っている、間違っていると考えてしまい、それが無意識下にプログラム化されてしまいます。これがいわゆる劣等感と言われるものです。
違いは決して間違いではなく、その人の個性でありそれを発揮することで、天命に生きることにもなるのですが…。
長々と書いてきましたが、私が書き綴った内容は、先日の『NLPで徹底的に自分を知るセミナー』で講師のQさんがお話されていたことを自分なりにまとめたものです。
Qさんは、人間にとって最もあってはならない感情は、『恥』であると言っていました。それ以外の感情については、プラスに作用する場合もあるが、恥だけはマイナスにしかならない。それは、恥の裏には、自分はダメだ劣っているという心理、つまり劣等感があり劣等感が有ると何をしても上手く行かないと。
それでは、恥(劣等感)をいかにして手放すかについてなんですが、Qさんは次のように仰っていました。
斎藤一人さんの本などで紹介されている『天国言葉』を使い自分の無意識下のプログラムを書き換えて行く。
つまり、言葉によって無意識下にプログラムされている思い込み等のプログラムを書き換える必要があると。
これまでも、言葉(言霊)の大切さについては、理解しているつもりでいましたが、Qさんのセミナーに参加してその理解がより一層深いものとなりました。
長年寄り添ってきた(?)羞恥心ともそろそろお別れをする時期に来たのかなって思います。そう思うと散々苦しめられて来たのに何か寂しい感じさえ覚えてしまうから不思議です(笑)
最後になりましたが、Qさんとの出会いに感謝します。そして、Qさんを沖縄にお招きして下さった、みりいさんにも感謝します。そして、セミナーでご一緒して頂いた参加者の皆様にもお礼を申し上げます。